川崎憲次郎に聞く「髙津臣吾監督の魅力」とは?

川崎憲次郎オンラインイベントレポート~前編~
長谷川晶一 2025.03.31
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肌寒い週明けとなりました。お昼のひととき、ニュースレターを配信いたします。試合のない日ということで、先日行われたオンラインイベントレポートをお届けします。前後編の2本です。こちらを読んで、明日からの神宮6連戦に向けて、テンション上げていきましょう。ちょっと長いですが、お時間のあるときにどうぞご覧ください。

3月21日、ニュースレター「スワローズが好きだ! ~いつも、気づけば神宮に~」のサポートメンバー向けに川崎憲次郎氏とのトークライブを配信。

プロ野球開幕を1週間前に控えたタイミングということで、トークテーマは“髙津臣吾監督”。現役時代のチームメイトだから知る髙津監督の素顔や人間性について、川崎氏の口よりどう語られたのか。

前編では90年代のヤクルト黄金時代を支えた現役時代の髙津投手や、当時のチームの雰囲気で盛り上がった。(取材・構成/武松佑季)

フレンドリーなムードを作ったのは一茂、一久、亮太

長谷川晶一(以下、長谷川) 僕、川崎さんと同い年なんです。僕が1970年生まれで、川崎さんは早生まれの1971年。70年度生まれはヤクルトの黄金メンバーぞろいですよね。

川崎憲次郎(以下、川崎) はい、僕の他には宮本慎也、伊藤智仁、真中満、山部太、山本樹とかけっこう多いですよ。とくに山部、真中、僕って誕生日が2日ずつ違いで。

※山部(71年1月4日生まれ)、真中(1月6日生まれ)、川崎(1月8日生まれ)

長谷川 川崎さんは1989年から2000年までヤクルトに所属。ルーキーイヤーは関根潤三監督の最終年で、プロ2年目から野村(克也)監督、99年、2000年が若松(勉)監督。その後に中日に行くと。ということで、高津(臣吾)さんとはチームメイトだった時期が長いわけです。

川崎 “高っちゃん”が2年遅れて入ってきたのかな。

※川崎(89年に高卒で入団)、髙津(91年に大卒で入団)

長谷川 川崎さんは2歳上の髙津さんと飯田哲也さんのことを「髙っちゃん」「飯田のてっちゃん」と呼ぶじゃないですか。これはどうしてなんですか?

川崎 飯田さんは「てっちゃんって呼んでいいの?」って聞いたら「いいよ」って言ってくれたからそう呼ぶようになって。髙っちゃんは入ってきたときは「髙津さん」と言ってたんだけど、「髙っちゃんって呼べ」と言われたからですね。最初はいいのかなって思ってたけど、まぁ本人がそう言うならね。

長谷川 髙津さん自らの指定だったんですね(笑)。逆に、髙津さんは川崎さんのことを何て呼ぶんですか?

川崎 「川崎」か「憲ちゃん」ですね。

長谷川 ヤクルトって上下関係がフラットな今の時代の走りだと思うんですよね。

川崎 そうですね。ガチガチの縦社会がある昭和の野球部の世界で僕も生きてきたけど、ヤクルトに入って急にそれがなくなった。ヤクルトにも先輩後輩はもちろんあるけど、他のところと比べると壁が薄いというか。

ヤクルトってフレンドリーで家族的、パリピ的なチームを想像すると思うんだけど、それが始まったのが野村さんが監督になったくらいからですね。

長谷川 野村さん自体は決して明るい監督ではないイメージですけど(笑)、チームのムードは明るかったですね。

八重樫(幸雄)さんに聞いた話だと、最初のその壁を壊したのが(長嶋)一茂さんだって。キャンプの柔軟体操で八重樫さんの頭に手を置いて前屈して、杉浦享さんが激怒したとか。八重樫さんも「何が起こったかわからなくて怒る暇がなかった」って。

川崎 一茂さんがやりそうなことだ(笑)。

長谷川 池山(隆寛)さんもフラットな人だけど、親しき中にも礼儀ありでちゃんと節度があった。それを一茂さんがぶち壊して、そして石井一久さんが入ってきてさらに……と八重樫さんが言ってました。

川崎 一久は僕の3つ下の新人類って呼ばれた世代で、あいつらが入ってきて先輩後輩の壁がより薄くなってフレンドリーになった感じです。さらに五十嵐亮太が入ってとどめを刺したと。

長谷川 はいはい(笑)。

川崎 五十嵐なんて「憲ちゃん!」って言って肩組んできますからね(笑)。

“抑え投手・髙津”のスゴさは「度胸」

長谷川 「髙津臣吾」という人は、川崎さんからしたらどういう先輩、チームメイトだったんですか?

川崎 髙っちゃんはやっぱりおもしろいし、上の世代とも仲がいいし、後輩をフォローしたりと、面倒見のいい先輩って感じでした。

長谷川 ご飯や飲みにいったりはあったんですか?

川崎 投手は投手で固まることが多いから髙っちゃんとはけっこう一緒にいたかな。

長谷川 飲むとどうなるタイプなんですか。

川崎 全然変わらない、もうあのまんま。カラオケではクリキン(クリスタルキング)を歌う感じ。

長谷川 やっぱり、『大都会』ですか?

川崎 たぶん歌ってたと思います。

長谷川 髙津さんは90年代にリリーフエースとして大車輪の活躍を見せてくれたじゃないですか。野球評論家目線で、髙津さんの抑え投手としてのスゴさってどこにありますか?

川崎 一言で言うと度胸の良さ。まったく物怖じしないし、1対0での登板だろうが、緊張を全然見せないのがやっぱスゴい。

長谷川 生前の野村さんの話では、92年の日本シリーズでヤクルトが3勝4敗で負けたときに潮崎(哲也)さんのシンカーを見て、髙津さんに「お前も覚えろ」とシンカー習得を命じたそうです。それを髙津さんが93年のシーズン中にマスターして、結果、日本シリーズで無双するという。

野村さんも「自分の想像以上によくやってくれた」と言ってました。

川崎 髙っちゃんがマウンドに上がると、こっちも「絶対大丈夫」って気持ちになりましたからね。

長谷川 髙津さんからすると、潮崎さんはソウルオリンピックに選ばれたり、アマチュア時代から群を抜いていて、手の届かない存在だったそうです。

それが93年、潮崎さんも所属する西武との日本シリーズで3セーブを挙げた。とくに第4戦の先発、川崎さんが8回無失点、ヒーローインタビューで涙したあの試合は……。

伝説の93年日本シリーズ第4戦。川崎、高津のそれぞれの思い

川崎 あのときはいろいろ複雑な思いがあって。僕、92年はケガしていて1年間試合に出られなかったんですよ。なのに、ヤクルトがリーグ優勝して……。日本シリーズは2階席でずっと見てたんですけど、あれは悔しかった。その悔しさがずっとあって迎えた93年の日本シリーズだったんでね。

長谷川 第4戦はあの強風の中、1対0でリードを保ったまま8回を投げ切って。

川崎 そう。その8回に起こったのがてっちゃんのスーパーバックホーム。

長谷川 スゴかったですよね。川崎さんは(2死1、2塁からセンター前ヒットを打たれて)キャッチャーのカバーで真後ろから見てたんですよね。

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