「正直、途中からは200できる、できないじゃなかったですね……」
CS争い続行中とはいえ、なかなか厳しい試合が続いています。昨日の神宮球場でも感じたことですが、「淡々と試合が始まり、淡々と負けていく……」。ここ最近は、そんな展開ばかり見ているような、そんな気がしてなりません。
こういうときこそ、「未来、将来」を感じさせてくれる田中陽翔選手、西村瑠伊斗選手、あるいはドライチルーキー・松下歩叶選手など、まだまだ伸びる未知数の選手たちの躍動を見たい。そんな思いを昨日の神宮球場で感じていました。
さて、本日は『週ベオンライン』・石川雅規連載「2026年の石川雅規」の最新回が公開されました。2021年春から始まったこの連載において、ついに「ラストチャンス」や「引退会見」という文字を書くときが訪れてしまいました……。
心の整理がついていたとはいえ、やはり、いざ「そのとき」がやってくると、原稿を書きながらも、こみあげる思いを止めることはできませんでした。詳しいことは本記事を読んでいただくとして、今回のニュースレターでは、この取材の様子をお伝えしましょう。
今回のインタビューは電話にて行いました。ちょうど石川投手が名古屋に到着し、ホテルにチェックインしたばかりという11日の15時過ぎのことでした。時間はおよそ75分。印象としては「淡々と、本当に淡々と」受け答えが続きました。
以下、『週ベオンライン』の記事では触れられなかった「引退を家族に伝えた場面」について、そのやりとりの一部をご紹介しましょう。
——「もう辞めよう」と決めたのは、正確にはいつのことなのですか。
石川 「辞めよう」と思ったのは、投げて、いろいろ考えて、(試合終了後に)監督に話したときも自分の中では「最後だな」って、もちろん伝えてないですけど……。いちばん伝えるべきは家族なんで、家族にいちばん最初に伝えたかったので。
——じゃあ、もうご自分の中では決めていたけれども、一応、池山監督へのあいさつの場では何も誰にも言わずに、もう車に乗って家に帰ると。
石川 まあ、そうですね。
——よく「引退は家族と相談して決めた」みたいな話がありますけれども、今回は石川さんが自分で決めたって考えていいんですか。
石川 そうですね。自分で決めました。長男は、涙を流しながら「分かった」っていう。次男は次男で、「パパが野球選手であろうが、辞めようが、パパはパパで変わりないから。俺は、それを尊重する」みたいなこと言ってくれて。妻はいちばん近くで支えてくれてたから、やっぱりまだ受け入れるのは時間がかかったと思いますよ。ふとした時に涙を流してるのをまだ見ますし……。
